■お勧めセレクト



●防腐剤(パラベン)は危険?化粧品業者が本音を語る!!
びっくりしました。
添加物って何でも悪いってイメージがあるのですが、別の視点から見ると、それは必要な場合もあるってことです。
しかも、すごく身体に悪いのかと思っていたら、今はどんどん改良されていて、そんな悪いものはないってこと。(一応国の検査機関をクリアしてるんですからね)
知らずにいると、ドンドン逆のことをしているかもしれないスキンケア!
こちらの化粧品が良い悪いではなく、世間が知らない化粧業界の内側をちょろっと覗けるのが気に入っています。(笑)
1.種類にこだわらずに保湿を重視した商品を作る
2.お客さんが誤解するような商品を作らない
3.鉱物油、合成着色料、合成香料、アルコール(エタノール)を入れない
4.しっかりと防腐剤を入れる
5.キャリーオーバー成分も調べて原料を厳選する
6.石油系界面活性剤を配合せずに作る
7.たっぷりと水分を与えると同時に、その水分を維持するために良質で適度な油分を配合する
この7つのお約束の原点が知りたい方はこちらへ〜(笑)
でも、冗談抜きで、びっくりしますよ。自分の思い込みに。正しい知識は大切です。

2006年10月08日

愛し愛されるということ

もし、私たちの関係に、愛し愛されるという関係があったなら、この関係は崩れなかった。当たり前のことだけれど。

私は彼に同情したかったし、彼は私を縛りたかった。

これは愛という感情で繋がっているのではないのだ。
決して深い愛情で繋がっているのではなかったということだ。

どこにもお互いを思いやるという感情も無く、尊敬するという感情も湧かない。ただ、怠惰に毎日を過ごしているだけなのだ。

生活はしている、けれども、そこに有意義な感情も、精神的な充実も無かった。




私は20代という、言わば女の華盛りを全て彼に捧げていた。
若すぎたのだ。愛ということに目覚めるのに、私はあまりにも無知だったのだ。

周りの友人に、愛はこんな形じゃないと言われても、見えなかった。ほんとの愛といえるものが。



でも、だんだんと突発的に別れたくなる衝動に駆られた。
そんな気持ちを、私は抑えこんでいた。



今思うと、あの時どうして勢いに任せて別れられなかったのかと後悔している。
でも、きっと、あの時点では私には別れることができなかったのだ。
私には、別れるということは、彼を見捨てるということになる、という傲慢な思い込みがあったのだ。

自分のココロのほんとの姿も見えていないくせに、愚かにも私は他人の心をなんとかコントロールしようとしていたのだ。私はこんなに頑張っているのだから、認めなさいという無言の圧力をかけていたのだ。

全ては同情という感情から湧き出てくる自然なココロの動き。

ソコには、相手を思いやり慈しむというココロが無かったのだ。

同情は一見思いやりのように見える。
けれども、その想いの底に、相手に対する深い愛情〜全てを許す〜そんな愛情が無ければ、それはタダの自己満足の世界。

――どう?私はこれだけあなたのために働いて頑張って支えているのよ!
そんな傲慢な想いから発せられた感情など、薄汚くにごった愛情でしかない。

愛情のレベルからしたら最低ランクだ。
どんな相手にでも生じる感情なのだ。簡単に沸き起こる感情なのだ。

この同情という感情は、基準が自己内面にない。
基準が表なのだ。どう見られているかが基準なのだ。

同情という感情が湧き上がり、それを示したとき、ヒトは自己満足する。
不特定多数に向けての感情ならば、それは何の問題も無い。

ただ、それが特定の人物に降り注がれた時、しかもそれが恋愛感情と取り違えて生じたとき、それは双方にとって不幸以外の何物でもない。

おまけにどちらもその事に気づかないとき、行き着く先は不幸への特急列車となるだろう。

私たちはその特急列車のキップを握っていたのだ。



愛し愛されるということがどんなことなのか、その時点の私には真実は見えていなかった。このときの状況が愛し愛されるという関係なのだと思い込んでいた。
posted by Rr at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 元ダンナとのいきさつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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